終わらない仕事なんてものはない、と誰かは言う。
2008年 12月 19日
僕の場合、たぶんそれは、
グーグー眠っている間に、
リリパットたちが代わって仕事をしてくれるのはもちろん(?)、
僕の中に居る、モロ師岡が仕事を片付けてくれるからだと最近思う。
えーと、
だいぶ前の話になってしまうけれど、
『ラヂオの時間』という映画がありました。
たしか、
主演女優の無理難題な要望によって、
生放送のラジオドラマの脚本を書き換えることになり、
プロデューサをはじめ、
みんながドラマを終わらせるために東奔西走するという
ドタバタ劇だった…と記憶しているのだけれど、
この「脚本を書き換える」構成作家役を、モロ師岡がやっていたのだった。
つまり、
われわれの仕事における
当初予定されていた「企画」やら「コンセプト」やらは、
仕事が進んでいけば、
上司の「思いつき」やらクライアントの「新たなご要望」やらで
変わっちまうのが常である。
この非常にストレスフルな状況をガマンしながら、
フレキシブルに対応していかなければならないのだが、
表面はにこやかに笑顔を装いながら、
心の中でひととおり毒のある言葉を吐いた後に、
ひょっこり顔を出してくれるのが、くだんの氏なのである。
うまくいけば、
その仕事は面白い方向へ転がるかもしれない。
でも、転がらないかもしれない。
けれども、片付いてゆく。
ある意味で、仕事は終わりさえすれば良いのである。
グーグー眠っている間に、
リリパットたちが代わって仕事をしてくれるのはもちろん(?)、
僕の中に居る、モロ師岡が仕事を片付けてくれるからだと最近思う。
えーと、
だいぶ前の話になってしまうけれど、
『ラヂオの時間』という映画がありました。
たしか、
主演女優の無理難題な要望によって、
生放送のラジオドラマの脚本を書き換えることになり、
プロデューサをはじめ、
みんながドラマを終わらせるために東奔西走するという
ドタバタ劇だった…と記憶しているのだけれど、
この「脚本を書き換える」構成作家役を、モロ師岡がやっていたのだった。
つまり、
われわれの仕事における
当初予定されていた「企画」やら「コンセプト」やらは、
仕事が進んでいけば、
上司の「思いつき」やらクライアントの「新たなご要望」やらで
変わっちまうのが常である。
この非常にストレスフルな状況をガマンしながら、
フレキシブルに対応していかなければならないのだが、
表面はにこやかに笑顔を装いながら、
心の中でひととおり毒のある言葉を吐いた後に、
ひょっこり顔を出してくれるのが、くだんの氏なのである。
うまくいけば、
その仕事は面白い方向へ転がるかもしれない。
でも、転がらないかもしれない。
けれども、片付いてゆく。
ある意味で、仕事は終わりさえすれば良いのである。
by lungs_ok
| 2008-12-19 15:24
| [job]