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by lungs_ok
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毎年恒例になりつつある、いつもの場所でのドレス・シャツのパターン・オーダー・メイド。今回は、去年から目論んでいた通り、夏向けのシャツを作った。すなわち、リネン、またはリネン/コットン混紡の素材による、ポロカラーのシャツである。

売場では、限定ということでイタリアン・メイドのコットン素材も100種類くらい紹介されており、心がとても揺れ動いたのだが(イタリア…あぁ!)、見たところ、欲しい色やら柄やらがなかったので、グッとこらえて当初の目的通り、リネン素材を選ぶことに。

本当は、無地のブルーのものが良かったのだが、これは、ポリエステルも含む素材であることがわかり、断念した。結局、白の織柄の入っているドビーと、ブルーのストライプのものを選んだのであった。共に50%ずつのリネン/コットン混紡素材。

去年からの積み残しの課題としては、
(1)湯通しを行なう
(2)剣ボロのボタンホールを袖と平行にあける
(3)前立の7番目のボタンホールを横向きにあける
(4)手首周りのカフのサイズをジャストに近づける
(5)スプリット・ヨークにできるのか知りたい
(6)芯地はどのようなものがあるのか知りたい
(7)スペアのカフやカラーが作れるのか知りたい
…ということを挙げていたが、今回は、採寸担当の方とスムーズにやりとりすることができた(でも、スプリット・ヨークの件は訊き忘れた…)。

素材がリネン/コットンということもあり、湯通しはあらかじめ想定されていたし、ボタンホールはオプション料が発生することなく希望通りの向きであけてくれると言うし、カフの手首まわりのサイズも短くしてもらえたし、芯地はポロカラーにあわせてしなやかなものを選ぶって言うし、スペアのカフやカラーは作っても良いが、取り付けるのに同じくらいの工賃が発生すると言うし(なので頼まなかった)…というくらい、思うままにいったのである。

その他としては、裄丈はさらに1cm伸ばし、バックプリーツは、センターのボックス・プリーツに。ポロカラーはアメリカン・スタイルではなく、台襟が高め、襟の長さが長めのイタリアン・スタイル(と言っていいのか?)にする。そのため、こんなシャツにあるような、ボタンの厚さを5mmに指定した。

そして待つこと1カ月。
受け取りに行って、品物を改めると、やや、残念なことが…。襟を留める筈のボタンがほつれていたり、剣ボロのボタンホールの向きが指定と異なっていたりしている。着心地にはおそらく影響がないとは思うものの、気分的に落ち着かないので、やり直してもらった(ちなみに剣ボロのボタンホールの向きについて改めて訊いたところ、指定は「縦」が正しいそうである)。そして、さらに1週間ほど待って、仕上がってきたのが写真のシャツである。
b0049797_1772354.jpg

カフのサイズをしぼったためか、袖幅は今までのものに比べて、よりタイトに仕上がった。また、リネン特有のシャリ感と、風を通す織り方(というのか?)のおかげで、夏でも涼しい気分で過ごせそうである。ややカフの大きさが手首のサイズからブカブカであるものの、それは、ボタンを付け直せば済むことだ。どんどん満足のいく一着に近づいていくように思う。
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by lungs_ok | 2009-06-27 17:08 | [style]
『池田亮司 +/-[the infinite between 0 and 1]』展を観に東京都現代美術館へ行った。

観る前に、ジョークのつもりで「30分くらいで観終わるのだろう」と思っていたのだが、本当にその通りになった。展示室の壁全面を用いた大規模なインスタレーションが幾点かと作品数も少なく、ただ単に観るぶんには、それほど時間がかからないのだ。

もっとも、寝そべってみたり、ダムタイプのダンサーたちのように走ってみたり、日がな一日ぼんやりすごしていたりしても、特に文句は言われなさそうだったので、もしかするとそういう楽しみ方もあるかもしれない。実際、美術館を訪れた人たちは、座ってぼんやりと眺めている人たちが多かったということもある。

僕にとってのRyoji Ikedaとは、1998年にご本人にお会いしてサイン(波じゃない方)をいただき「あれ? ダムタイプの音楽の人だったのか!」ということを確認してからというもののコンスタントに聴きつづけてきているのだが、よく語られるような「数学的」という、どちらかというとマインド=精神的側面での認識ではなく、むしろ肉体的というか身体的な側面で認識してきた傾向がある。

当時なにかのコンサートで(AKAIのハードディスクレコーダを操作していた頃です)、曲が始まる前のイントロダクションで、超低周波から超高周波までのサイン波を10分くらいの時間をかけて鳴らしていた。そのとき、僕はたまたまPAスピーカに寄りかかるようなかたちで楽しんでいたんだけれど、音が少しずつ少しずつ足下から大腿、鳩尾、胃、肺、首を通り抜け、頭のてっぺんを通り抜けていくという経験をした。

ちょうどその頃、身体論を究めようとしていた僕は、この音が躯を通り抜けていくような気持ちよさに酔いしれてしまったのである。こんな個人的な経験もあったので、身体的側面として彼の音楽を捉えているのだ。

それ以来、新しいものが出たと気づくと、コンスタントにチェックするようになった。店の味が変わらないことを確かめる常連客のような気分で。なんかヘンな喩えかもしれないけれど、そんな感じなのである。
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by lungs_ok | 2009-06-20 23:48 | [seeing]